archive : 2011 年 11 月

ギリシャと小平市

何を思ったかパパンドレウ・ギリシャ首相がユーロ圏参加維持か脱退かで12月に国民投票をするそうだ。
思わぬ事態に独仏首相が会談を持つそうだが、あいにくわしはそこまでのニュースしか知らない。

今バリ島にいるのでニュースから離れているのだ。

国民投票云々のニュースを聞いた時に思ったのが、ギリシャにも鳩山由紀夫のような頓珍漢な政治家がいるんだなあ、と妙なところで感心した。てっきりあのタイプは日本だけに生息しているのかと思っていた。

パパンドレウ首相

国民投票で政策を決めるなんてさすが、民主主義発祥の国、と思うかもしれないが、民主主義国家が最もやってはいけない危険な行為が、実は直接民主制、「国民投票」だ。とわしは思う。

それは両刃の剣なのだ。いい結果につながるのはまずない。
そもそも、政策を国民に問うという行為は、選挙の時点でなされているのだ。選挙によって国のかじ取りを任された政治家に責任と義務を負わせているのが近代民主主義というものだ。

それなのに、政策を国民投票に問うということは、結局、政治家は責任を負わない、どんな結末になろうとそれは国民が選んだ結果だよ、という無責任な事態になる。最悪の場合国家が破たんする。
でもまあ、ギリシャ人的といえばその通りな発想だな。とにかく輪をかけて個人主義な文化だからなあ、古代ギリシャ時代から。公私の公という概念がないからなあ。

公私で連想したのは東京の小平市のごみ焼却問題もそう。あれも住民エゴで、小平市民の公共自治体としての責任感のなさが、26年間もごみ焼却問題に真剣に取り組まなかったせいで、自業自得な事態になったのだが、それも、自分のせいだとは思ってなくて、きっと、他人のせいにしてるんだろうな。

ギリシャ≒小平市

ギリシャの黄金期は紀元前5世紀のペリクレスの時代だ。あの時代は民主主義ギリシャの名を高らしめていた。2度のペルシャ戦役に勝利し、その結果デロス同盟を結成してその盟主となった時代だ。このわずか数十年の黄金時代のせいで、ギリシャは現在まで食いつないでいたわけだ。

なぜそんなに素晴らしい時代を築けたかというと、ペリクレスという特異な人材がいたこと、デロス同盟の莫大な資金を勝手に使いこんで、パルテノン神殿やら何やら建築しまくって公共投資したことなどが主因だ。
ペリクレスという政治家は巧みな民主主義体制を作った。それは、表面的には民主主義なのだが、実はペリクレスという個人が僭主としてふるまった、もしかすると限りなく独裁国家にちかい政治体制で力をふるった時代だったのだ。おまけに潤沢な資金。何しろほかの都市国家から集めた資金だから自分の懐は痛まない。

資金の使いこみは、今に始まったことではないのだ。そのペリクレスの遺産で2000年近く食いつないできたけど、そろそろ破たんしそうですな。
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日本は日本という国を目指せ

またまたプライムニュースネタで申し訳ない。テレビッ子ということですな。暇だねわしも。
11月1日わんわんの日のゲストはこのお二人。

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中西教授は初めて知りました。↑
森本氏は他のテレビ番組でよくお見かけする。↓

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この日のプライムニュースのゲストは「当たり」であった。

お二人の認識はほぼ共通していて、要約すれば

1、政治家の資質は急にはよくはならない。ならば、日本の体制、システムを改良してよりよい意思決定機関、シンクタンクを設けるべし。
2、政治家の資質が良くないのは、元を正せば歴史教育がなっていないせい。特に戦後60年間の近現代史をきちんと学ぶべきである。
3、TPPとは新しい日米同盟につながる制度である。ブロック経済化する潮流のなかで、中国経済圏のリーグに入るか、日米を中心としたリーグ(経済ブロック)に入るかが問われている。
4、TPP体制を構築する事で、中国の経済政策に影響を及ぼす事が出来る(経済政策と防衛政策は表裏一体である)。
5、日本はおざなりにしていたインテリジェンスの収集分析力に力を注ぐべきである。

そして、この日の心に残ったフレーズは「日本は日本という国を目指すべきだ」という中西教授の言葉である。
この言葉の前段にあるのが、戦後の日本の復興期を例に出された話の中でだった。
戦後、真白な状態から復興した日本の政治体制。アメリカの影響があったとはいえ、当時の日本人はやろうと思えばいろいろな国家の枠組みを作る事が出来た、あるいはそう信じていた。その頃には「東洋のスイスを目指そう」とか、「東洋のなになにという国家を目指そう」とか、とかく西洋国家を例にとって国家像を語っていた時期があった。志賀直哉などは日本語をやめて英語を国語にしようと言い出したくらいだ。
中西教授が言うには、そうではなく、日本は日本という国になるしかないのだから、日本は日本という国家を目指そう
ということだ。

わしはよく日本を中世以降のベネチア共和国と比較するが、ベネチアとは歴史的背景も国土も環境ももちろん違うので、全く同じようにまねしろとは言わないが、政治家、市民が自国の環境、まわりの強大な国家からの影響を受けながら1200年間も繁栄した事実を学んで欲しいと思ったからだ。

このお二人の提言には100%賛成した。かえすがえすも政治家が評論家、研究者よりも見識が無いという事態はどうした事だろう。
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