archive : 2012 年 08 月

征韓論再び

野田首相の竹島問題に関する、李明博への親書を韓国から突っ返された。
理由は、「竹島」と記述されていたからだそうだ。

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という事は、韓国大使館では親書の中身は読んだ、と解釈していいのだな。

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この一連のニュースを聞いて、今から140年前、「征韓論」が日本の政界と世論を騒がせた事件を連想した人も多くいる事だろう。

明治6年の「征韓論」騒動には前段がある。明治維新の直後に、当時、李氏朝鮮と外交の役目を担っていた対馬藩から、「明治維新をしたのでよろしく、徳川幕府は終わったけどこれからも仲良くね」と言う意味の通告書を渡した。だが、李氏朝鮮は受理を拒否。
その後、何度か日本新政府から使節が派遣されたが、頑として交渉を拒んだ。その高ビーな対応に憤慨して、日本で「征韓論」がわき起こったのだが、その交渉拒否の理由の一つが、日本国「天皇」の呼称だったのだ。

それまでの日朝間の国書には日本の主権者として「日本国王」あるいは一時的に「大君」という呼称が使われていた。
いずれも、中華思想による、中華皇帝を天下の主権者と見なし、その臣下であるとする呼称だ。だから朝鮮国王も「国王」である。しかし、李氏朝鮮は、当時異民族王朝だった清よりも、中華の正統を引き継ぐのは自分たちであると言う強烈な自負を持っていた。
それなのに、東夷であると見下していた日本から、「天皇」などという、自分たちの王よりも上位の呼称を使った国書を渡されたのだ。
いやあ、怒った怒った。なんでそんなに怒るの?と現代日本人なら思うだろうが、これは大変な問題だった。

んで、140年経った現代。まさか同じ論法でくるとはね。さすが、「朱子学の本家」である。

問題の本筋とは違うところを攻撃し門前払いを食わす。民主党が尖閣諸島問題で使う手でもある。
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朱子学との戦い

8月22日、野田首相は「首都圏反原発連合」なる団体と面会に及んだ。
この反原発団体については何の知見もないが、ネーミングからして60年安保闘争の香が立ち上がって来る。

反原発会談

「面会」は平行線に終わる。とニューズが伝える。
そりゃそうだろう、こういう団体が人の話を聞く耳を持つものか。「俺の話を聞け!」と言って来る連中に、現実はこのような状況で、このままではこういうつらい目に遭います。ですから、選択肢としてはこういう方法とこういう方法があり、A案では将来こうなる可能性が高く、B案ではこうなる可能性が高いのです。
と、こういう建設的な意見交換は不可能だ。

なぜなら彼らは朱子学の徒だから。

彼等には「はい、原発はゼロにします」、という答えしか受け入れられない。それが正義であるから。
原発は「悪」、太陽光発電などの自然エネルギーは「善」。

彼等にとっては言わずもがな、当たり前の事である。原発=原爆、これも当然。米軍=悪、与党=悪、
財界=悪、

その代わりと言っては何ですが、中国と北朝鮮の言う事には耳を傾ける傾向がある。実に不思議な連中である。
ワシが推測するに、3年前の総選挙では、彼等は民主党に投票しているはずだ。
誰か一度アンケート取ってくれないかな。彼等がその時どこに投票したのか。

日本がこんなていたらくな政権を持つに至った責任。もしも彼等が民主党に投票していたのであれば、その責任はいったいどう取ってくれるのだろう。
もしも、彼等が言う様に日本の原発がゼロになった時、どのような困難な事態になっていても、彼等はその責任を取る気があるのだろうか。

もちろん無いだろう。彼等は正義を行っているのだから。それさえやっていれば、結果はどうなってもいいのだ。

朱子学ではそうだから。

朱子学。「学」という字がついてるが、これは実は学問ではない。宗教だ。
学問であれば、事実に基づいて分析し、推論し、判断するだろう。だが、宗教だから事実関係を分析する必要を認めない。こうあるべきだ!と判断したら、それ以外の選択肢は無いのだ。それが宗教的には正しいことだから。

彼等の論法からすると、ある地方自治体がゴミ処理場の建設を否決し、ゴミ処理は他の自治体に任せる、という事なども善となる。「そのような穢れたものを自分の住宅の近くに作るのはけしからん。子供の健康に影響があったらどうするのだ!」という非難をするのも、彼等にとっては当然の事なのだ。他の自治体の子供の健康の事は考えてない。と、言外に行っているのだが、そんな事は気にしない。

そんな会話が成り立たない集団と面と向かい合わされて、さぞや野田首相も困った事だろう。誰がこの「面会」をお膳立てしたか知らないが、そいつもきっと、「俺って良い事した♡」と思ってる朱子学の徒であろう。
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歴史に学ばない政権

忘れもしない2010年9月7日、尖閣諸島で中国漁船による海保船への衝突事件。あの時も何のお咎めも無く犯罪者達を強制送還した。同月、中国からの対日対日レアアース輸出禁止、日本の会社フジタの社員拘束という物理的手段に降参したからだ。

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あの日の屈辱を、同じ民主党の政治家達は共有してなかったようだ。
普通ならこういう反応だよな。

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でも、民主党政権だとこういう答えになる。竹島問題に関するコメントではあるが。

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まあ、正直言って朱子学の国に正義は無い。朱子学というのは「何が正義か」、という事をとことん突き詰めた思想体系なのだが、皮肉な事に、そうするあまりそこには「正義」と「真実」というものがなくなってしまったのだ。
なぜなら、論理を突き詰める前にもう答えが用意されているから、いくら思考を巡らせても必ず同じ到達点に至る。

それは「俺様が正義だ」!ということだ。
(俺様というのは正統な政権、あるいは血統という意味)
朱子学の成り立ちをここで述べるのは割愛するとして、そういう思想が国民の血肉になっている国では、「歴史学」というのが成り立ちづらい。「歴史」の発祥の地中国ですら、朱子学が生まれて以降、歴史的な事実関係との解釈が整合しづらい。

小中華である韓国は、本家以上に朱子学的な性向を持つ。そういう国々に囲まれた日本は、政治地政学的に厳しい条件を担っている。半端に朱子学を理解できるだけになおさらだ。
そういう朱子学社会に合理的な発想を促す方法はないので、話し合いは無意味だ。話し合いをするなら、具体的な行動を伴うものでなければ意味が無い。
経済的な繋がりを断ち切る覚悟があるのか、自力で領土を守れる実力と気概があるのか、という事を今、日本人は試されているのだ。

なんか、太平洋戦争以前の状況に似て来たな。
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