archive : 2016 年 06 月

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反知性主義とは

『反知性主義』という言葉をよく聞くようになったのは1年ほど前か。「安全保障関連法案」をめぐって、シールズとかいう団体がマスコミにもてはやされていた頃だ。

反知性主義

彼等のシュプレヒコールやマスコミの扱われ方を目にしていると、耳に入ってきた「反知性主義」とは知性がなさそうな彼等のことだとばかり思っていたのだが、そうではなくて、当時は彼等が安倍首相のことを『反知性」だといってのけていた。
いったいどういう文脈かいな、ということで今頃読んだのがこの本だ。いやあ、面白かった。最初の1ページ目から面白かった。『反知性主義』というキーワードからアメリカ史を解説しているのだが、戦争史や政治史だけを読んでいても、いまいちアメリカのキャラクターを、そういうもんか、と思いつつ理解していたつもりだったが、片手落ちだった。キリスト教という視点からも見ておくべきだったのだ。
もちろん、アメリカが基本的にはキリスト教社会だということは知っている。だが、アメリカのそれはアメリカン・クリスチャンだったということを理解しなければ見えて来なかったのだ。アメリカに土着化したキリスト教、それはいったいなんだったのか。

まず、ロナルド・レーガン元大統領の葬儀のシーンから始まる。そこで読まれたピューリタン指導者ジョン・ウィンスロップの説教が故レーガンの遺志によって読み上げられる。ワシはレーガンとピューリタンはイメージが重ならないのだが、じつはその説教は故レーガンの座右の銘だったのだ。
アメリカ独立宣言の中の有名な一説、「全ての人間は平等である All men were created equal」(対象者はmenなの?とつっこむ)が盛り込まれた背景が説明される。
合衆国憲法は史上初の政教分離を謳った成文憲法だが、その1年前にヴァージニア州で『信教自由法」が成立している。それは、信教の自由だけではなくて、『無宗教」である自由も保障されている。それはいったいなぜか?
という具合にアメリカ史を解説しているのだが、これらはアメリカ史を勉強している人々には常識なことなの?ワシは知らなかったのだが。
国会前で現首相を罵っていた若者達や、その尻馬に乗ったような政治家達、知識人(???)たち、彼等は知ってたの?『反知性主義』ってどこから来たのか?

アメリカは建国前の植民地開拓時代から信仰復興運動、リバイバル運動が何度も起きていた。まるで熱病のように流行がおき、近代に至ってそれは興行化される。現代アメリカでよく目にする『テレビ伝道」もその流れだ。その宗教伝道をする説教師には牧師という資格さえ要らない。ハーバート大やプリンストン大を出ていなくても良いのだ→知識なんか(資格)なんか要らない→神の前にヒトは平等なのだから。という強烈な平等意識から『反知性主義」という思想が生まれた。時代が下り、その反知性主義と実利思考のビジネス精神が結びついたのがアメリカン・クリスチャンだったのだ。

最後に著者が締めくくる。知性とは何か?最近の政治家や若者達に知性が見られないとか、本を読まなくなったとか、知性が欠如している状態ではなく、知性の「ふりかえり」が欠如しているのだ、と。知性が知らぬ間に越権行為をしていないか、自分の権威を不当に拡大解釈していないか。そのことを敏感にチェックするのが『反知性主義」である。そもそも、知性にはこのような自己反省力が伴っているはずであるから、そうでない知性は知性ではなく、やはり知性が欠如しているのだ、ということも出来る。したがって、反知性主義とは、知性の有る無しというより、その働き方を問うものである。
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