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マスコミの正義感

2011年8月12日 NHKで「追跡 AtoZ」というルポルタージュ番組を見た。タイトルは「原発作業員が消えた」
サブタイトルは「福島第1原発で何が?闇社会の手配師が暗躍」というやつだ。

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なんかタイトル見ただけで内容が分かってしまう、予定調和されたルポルタージュだった。
なぜ、この番組に興味を持ったかと言うと、実はわしは福島原発に作業員として行きたくて、あちこち情報を探していたにもかかわらず、ついにその伝を見つけられなかったからだ。

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なぜ福島原発に行きたいのか?もちろん、この事故の収束のために、3.11以来作業されている方々のお役に少しでも立ちたかったからだ。津波被災地には大勢のボランティアの方々がやって来られているだろう。しかし、わしは福島原発で働きたかった。その様子をルポルタージュしたいと言う色気がなかった訳ではない。一発、体験記でもまとめて当ててやろうか、と思わなくもない。だが、それは二儀的なもので、第1の動機は国益である。
この福島第1原発が収束しない限り、日本の原子力発電事業の将来はないからだ。もちろん、わしに専門的資格がある訳ではない。だが、この猛暑の中、お盆も顧みずに収束に向けて作業されている方の100分の1でもいいから、何かお役に立てたらと、ずっと思って来たのだ。

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しかし、番組のタイトルを見て分かる通り、この番組プロデューサーが言わんとしている事は、わしとは違う観点だった。このプロデューサーが何を言いたかったのか。案の定と言うか、原発に関連してうごめく裏の世界、暗黒面を白日の下に晒そうとしていた、という事だけは分かった。

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彼らは、大阪愛隣地区などからかき集められた作業員が、危険な放射線量のエリアの作業をさせられて、使い捨てにさせられている、その作業員を取りまとめているのは6次、7次下請けの暴力団関係者だ、と弾劾しているのだ。

わしはここに、彼らマスコミの正義のあり方に疑問を感じる。一見、彼らが弾劾している事は社会的問題を提起し、東電の責任を追及しているように見える・・・が、素直に頓首できないうさんくささを感じるのだ。

暴力団関係者が日雇いを募集しているという事は確かに問題だ。これは根絶しなければならない、これには完全に同意する。が、その事を東電へ責任追及しているは筋が違うのではないか?
まるでありもしない従軍慰安婦が、組織的になされていたと言う話と似ている。あれは女衒の話で、娼婦が軍について行った事にしかすぎないのに、軍部の組織的な活動の一部だったといい募る事と同じ思考回路だ。

作業員を使い捨てにしていると言うが、一人当たりの被曝量を少なく保つには、一人物の作業時間を少なくするしか方法はなく、そうすれば、大勢の作業員に割り振らなければならないのは当然の帰結で、「使い捨て」という言い方は当てはまらないと思う。このわしが、その一員となって作業したいと今でも望んでいるのであるから、わしの自由意志で行く分には文句はないはずである。ならば、福島原発で危険な作業である事を説明した上で募集に応じたのならば何の問題点もないのでは?
たとえその作業員が借金で苦しんでいるという事情があるとはいえ、その事と東電は関係ないはずだ。

もちろん、途中の斡旋でピンハネはあるだろう(娼婦と一緒だな)。それは経済活動の一部であって、とやかく謂れる筋ではないのでは?
数日間作業して、その後の所在が分からないというのが問題だとも言う。それはその人のプライベートも絡んでくる問題で、借金取りから逃げているのであれば、表に出たくないという心理は当然なのでは?

つまり、何でもかんでも東電の責任追及という傾斜を持つマスコミの姿勢をわしは問題にしたいのだ。これが週刊現代とか東スポとかなら、その線で話題を作るだろうな、と思うが、天下のNHKがこの程度の報道しか出来なくなったのか?と、残念に思う気持ちが大きいのだ。

最近のマスコミの正義を振り回す事の薄っぺらさといったら、暗澹たる思いだ。
最近見なくなった原子力安全保安員 西山審議官の不倫報道もそうだ。人のセックスを追いかけ回すのがジャーナリストの正義なのか、この記事を追求したのが「週刊新潮」と聞いて、これもがっくりきた事の一つだ。フライデーじゃないんだ〜。m(’u’u’)m

漱石の「草枕」に

「5年も10年も人の尻に探偵をつけて、人のひる屁に勘定をして・・・お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと、頼みもせぬ事を教える」

というのがあるが、それと変わらない。戦前、新聞屋が軍部の尻馬に乗ってさんざん戦争への熱を煽り続けていた構造だ。あれから70年80年経っているのに変わりもしない。「ロッキード事件」の時も、「三浦和義事件」の時も悪者を仕立て、それをテレビのワイドショーで正義漢面して追求する、あの熱狂ぶりと言ったら。いったい何様なのだ。
そいでもって、最近は田中角栄のような政治家が懐かしいというような言及もしたりする。アンポアンポと叫び続けて、日米安保条約が自動継続されると、とたんに、さあ次は就職だ、と、ころっと体制側に安定を求める(そう出来ずに未だに活動しているおっちゃんもいてるけどな)。そういう世代が報道局長になってたりするんだよなあ。

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