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電力供給とは天秤に担いだ水の如し

菅直人が「俺をやめさせたければ成立させなきゃ嫌だ!」と小学生みたいな台詞をはいた
「再生可能エネルギー法案」
が今月中にも、ほんとに成立されそうだ。
まだ法案なので、詳細が不明なのだが、趣旨としては、再生可能エネルギー(太陽光発電など)で発生した電力を、電力会社に強制的に高価格で買い取らせ、そもそもコストが高くて経済性の悪いシステムを
「環境思想」から、なんとか社会的な設備として実現させようというのが狙いだ。
「環境思想」での最悪の鬼っ子である「原発」から脱するためだ。

しかし、最初のブログで指摘したように、太陽光パネルの場合は古典的エネルギー供給源がなければ。その太陽光パネル自体を作る事が出来ない。

で、件の「再生可能エネルギー法」というものが出て来る。
この法案では、再エネで発電された電力をなるべく高い料金で買い取らせる事が眼目になる。例えばキロワットあたり40円で買い取るという事にしよう。

試案では、経済産業大臣が決める、という事になっているから、新事業者のロビー活動や、孫なにがし本人か、その息のかかった者がその地位に就けば、好き放題に買い取り料金が決められるという事には注意しなければならない。

そのコストは電力会社が払うのではなく、最終的には消費者が払う。国から補助金をもらい、なおかつ国民全員が電気税を払うようなものだ。
つまりこの法案は、ノーリスク・ハイリターンの絶対失敗しない事業保護法なのだ。どんなに出力の悪いプラントを作っても、かならず元が取れる仕組みを作ろうとしている。

だが、日本製のソーラーパネルを使って発電プラントを作れば、日本の企業も潤い、雇用も増えるかもしれない、という期待もあるだろう。ではもし、中国製や韓国製のもっと安い太陽光パネルを使えば、コストが大幅に下がるので40円の買い取り価格のうち、利益幅がさらに増える事になる、とは誰でも考える事だろう。
そば粉100%でうったソバを800円で売るよりも、小麦粉を足してそば粉率50%にすれば利幅が増えるのと同じ道理である。

つまり、税金からも国民の電気料金からも集めたお金が外国企業にわたってしまう事になる。電気代は安くならないし、産業で使える筋のいい電力ではないから、日本の産業界は自滅する。という図式が見えて来る。

こういう構図が透けて見えるのに、誰も彼もが「再生可能エネルギー法」の成立を望んでいるような雰囲気がどうにも気に入らない。
第二次世界大戦中に金融の素人である日本陸軍が、大陸で勝手に朝鮮銀行を利用して通貨を発行し、結局中国人に正貨を利鞘や稼ぎで巻き上げられたようなもので、日本人は戦争すればするほど、貧乏になって行った構図と相似形である。

この再生エネルギー法案で日本人は貧乏になって行くだろう。ではどうしたらいいか。
それは買い取り価格を決して高くしては行けないという事だ。
そもそも孫なんとかは、「電力の自由化」をうたっているのだ。ならば、買い取り価格も競争原理が入る価格に押さえなければならない。真っ当に勝負しろという事だ。人が作ったものを右から左に売りさばいているようなわけには行かないという事だ。

これは川崎の浮島に8月10日に運用開始した東京電力と川崎市の共同事業のメガソーラープラント
浮島のメガソーラー

年末に完成するお隣の扇島の太陽光プラントと合わせれば2万kwとなる国内最大規模の発電プラントだ。5900世帯の年間使用電力をまかなえるそうだ。
この比喩でも分かる通り、太陽光プラントや風力発電というのは、所詮、家庭用の電力源なのだ。せいぜいが、オフィス用。
それでいいじゃないか、その分、工場にまわせる電力が増えるじゃないか、という向きもおられるだろう。
ところが、そうではない、出力が大きくて、しかも不安定な電力が系統連携、つまり送電線に送電するという事は、非常なリスクが伴うのだ。それは、大規模停電

「環境思想家」である人々の目指すところはそもそも電力安定供給ではない、彼らの狙いは「原発廃止」。
それはもう、「打倒資本主義」の闘争に敗れた連中が見いだした真新しい正義の標語なのだ。そこには彼らの頭だけにある理想郷を目指す事にしか興味がない。

放射能がなくて、クジラがたくさん泳いでいて、イルカと仲良しになって、そんでもって、世界が平和でありますように、と言って、「風の谷のナウシカ」のような素朴な世界・・・。

話を戻すと、この大規模なメガソーラー・システムを実用運転して現れた問題が以下のグラフだ。これは東京電力のサイトに掲示してある、稼働2日目の出力データだ。
浮島メガソーラー・プラント


一日の発電量グラフ

このグラフの何が問題になったのか。それは14時のところで出力が落ちているところだ。その時曇ったらしい。
これが、家庭用のソーラーパネルなら何の問題もない。発電モニターを見ていない限り気付かない程度の出力の落ち込みだろう。
だが、これが系統連携して送電線で送られ、産業分野に供給されているとしたら大変な問題になる。

電気というものは発生したら、ためておく訳にはいかない。消費される電力分が100としたら、同じ100の出力で送電しなければならない。それをもし110で送電すると、10の分は余って無駄になってしまう。逆に10足りないと当然停電という事になるのだが、ここが不思議なところで、10余っても、10足りなくても実は停電してしまうのだ。
それは送電網を守るためにそういうシステムになっている。

つまり、ちょうどいいバランスで釣り合うように送電しなければならない。100の消費量があるのなら100の送電をしなければならない。日本の電力会社はその神業のようなバランスをとりつつ、毎年夏の猛暑の時も、正月の電力使用量が極端に減る時も、送電システムが破綻しないようにしているのだ。このありがたさはダメージを受けてみないと理解できないかもしれないが、電車が規則正しく運行されている時のありがたさは理解できるであろう。それがもっと大規模に、繊細にコントロールされているという事であると言えば想像できるであろうか。

この不安定さをカバーするために、スマートグリッドと言う技術が必要とされ、広範囲に多拠点に建設された太陽光発電プラントとの連携が必要になって来る(だから梅雨時はとっても不利)。
その、多くの発電プラントからの送電で、「平均化」された出力グラフというのが下のグラフだ。

系統連携グラフ

つまり、各太陽光発電所が頑張って高出力を得たとしても、どこかで曇ったりすれば、その落ち込んだ発電所の電力に合わせて平均化された電力しか送電網には乗らないという事だ。
なんか、高額の契約料を払った割には打てないバッターみたいな感じ?

わしは太陽光発電を憎んでこう言っているのではなく、太陽光発電の使い方が間違っていると言いたいのだ。
ドイツで再生可能エネルギーで成功している自治体は村単位、町単位で地産地消してる例が多い。ヨーロッパはもともと、セントラルヒーティングの思想があり、町に必要な熱源を一カ所で作って各戸に配るという習慣も文化もある。だから、太陽光発電だけではなく、熱源としてバイオエネルギープラント(メタンガスの熱源と発電)あるいは風車など、トータルで町のエネルギーをまかなおうとしている。その姿は正しい。
それは家庭消費用だからだ。何度も言うが、産業用としてはその程度の規模では使える電力は生み出さない。
どうしても、太陽光発電で高出力を得たければ、宇宙空間に発電プラントを建設するしかない。

わしが望むのは再生可能エネルギーの範疇に入るかどうか分からないが、マグネシウム循環発電であり、メタンハイドレートの利用であり、さらにわしの生涯をかけても(カエルの人生は15年か)実現できないであろう核融合エネルギーである。その実現のためにはとりあえず「原発」が必要だ。化石エネルギーが枯渇する40年後までには、原発を主力にして乗り切らなければならないと思っている。どうせ投資するなら、そちらの新エネルギーの方向に資本を投資して欲しいものである。
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