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放射能と穢れの思想

福島第1原発の水素爆発以後のニュース、そして人々の会話から出て来る「放射能」という言葉。この言葉を聞くたびにわしは「????」と疑問を感じながらその話を聞いていた。
どうもわしが認識している「放射能」と世間で言う「放射能」とは定義が違っているようで、なんか話が噛み合わないのだ。例えば旧聞だが

アエラ表紙

このアエラのタイトル。

「放射能がくる」・・・(’Д’)はあ〜????

「放射性物質が飛んで来る」というのなら分かる。放射能が????どうやって????

放射能とはRadioactivityの日本語訳だ。原子核が崩壊する過程で原子核内から粒子が飛び出してくる現象のことを言う。したがって、アエラのタイトル通りなら、「原子核から粒子が飛び出して来る現象が東京にもやってきますよ〜」ということになる。・・・はあそうですか(ー△ー);;ム〜ン・・・。

どうも放射性物質と放射能とを同一視して誤用する例が多く、知らず知らずそうしてるのか、アエラの場合は敢えて誤用と知りつつ人々の不安心理を煽るためにその用語を使っているのか、もしそうだとするとかなり悪どい。

放射能と日本人の持つ「穢れの思想」はリンクしやすい。穢れとは人に移るものというイメージがある。いじめでよく使われるのが、「うつるぞうつるぞ」と囃子ながらいじめる対象を村八分にすることだ。何がウツルのか。

いじめられるべき「穢れ」ということなのか。

人をいじめる事で(その人を穢れ)として扱っている限り、自分に穢れは及ばないという心理からか。

この穢れの思想は梅原猛、井沢元彦によるまでもなく、日本の古代から連綿と伝わる自然感だ。この辺の詳細は今回省くが、放射性物質、放射線、放射能、の3つの用語を正しく使わない限り、放射線被曝のことも放射線源除染の事も正しく理解できないのではなかろうか。

「放射能がやって来る」「放射能を浴びる」「放射能に汚染される」「原爆なん10個分の放射能」といった言葉を耳にするとき、「放射能」を「穢れ」に置き換えると日本人の心理が見えて来る。
「穢れがやって来る」「穢れを浴びる」「穢れに汚染される」「原爆なん10個分の穢れ」というわけだ。
だから、京都の大文字焼きで宮城の松材が焼かれず、どこかの花火大会も福島製の花火を打ち上げられない、という事になった。
それらから検出された放射性物質というのがごく微量であったにもかかわらずだ。
ちなみに日本の自然放射線は平均で年間2.4ミリシーベルト(2400マイクロシーベルト)である(1日ならその360分の1、1時間あたりならそのまた24分の1)。飛行機に乗って1万メートルの高度を飛行すると地上の150倍の放射線を浴びる。でも、誰も気にしてないよね。

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