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清河八郎=小沢一郎

大阪の「維新の会」とか、最近の政治家がやたらと幕末の固有名詞に名を借りたアピールをするので、ワシの幕末史の原点である「竜馬がゆく」を再読している。
そこで、興味深い人物評を見つけたのでご紹介(もちろん司馬遼太郎による評価)。タイトルにある清河八郎に関する下りだ。脱藩した竜馬が偶然、京で清川八郎と再会する。彼らは北進一刀流の同門であり、清川のほうが数年の先輩でもある。
この頃の竜馬は脱藩したばかりで、のこのこ上洛したはいいが、何をやればいいのか自分でも良く分かっていない時期だ。それに比べて清河八郎、羽前清川村の大地主の息子。文武両道に秀で弁も立つ。人一倍気力もあり、策謀も湧く。まさに風雲児である。全国を行脚し、その土地の人物と片っ端から会い、尊王攘夷、倒幕論をぶつ。この時期としては最初期の倒幕論者となった人物だそうだ。
その100年に一人という逸材に、ただ一つ、「重大な欠陥」があると司馬遼太郎は言う。一言で言えば「徳が無い」
ということだ。徳が無い、とはずいぶんあやふやな評価だなと思うが、司馬遼太郎は具体的な事績を披露する。
その清河八郎が全国で「尊王攘夷」という火付けをやったおかげもあり、全国津々浦々、草もうの志士がのこのこ上洛という流れになって来る。竜馬もその一人という事か。しかし、この時点では火付け本人は事件の当事者とはならない。人が踊りだしている様を見ているだけだ。
このあと、江戸から浪士組を率いて上洛し、それが新撰組結成に結びつく事件になる訳だが、この清河八郎の言説、行動を読んでいると、「清河八郎」という個人名を「小沢一郎」という個人名にすり替えれば、2012年の現代を司馬遼太郎が評している様に読めるのだ。

小沢一郎、この男、いったい日本をどうしたいのか、その脳漿の中を見てみたいものだが、口から出て来るものにそれを窺えるものが無い。あるのは政局ばかりなり。
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