コメントは受け付けていません。

comment for 岩倉使節団





 
カエルをクリックすると投稿できます。
トラックバックは受け付けていません。

トラックバック

web拍手 by FC2

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category : スポンサー広告  comment : × track back : ×

岩倉使節団

ご存知の岩倉使節団。教科書に必ず載っている出来事ですね。
この本は、使節団総勢107名、1年9ヶ月に及ぶ地球一周大旅行の記録、研究書だ。明治4年、廃藩置県で維新の総仕上げを断行した直後に、政府要人多数を引き連れての大旅行であった。今考えても、よくそのタイミングでそんなことが出来たものだと感心する。いったい何が彼等を突き動かしたのだろうか?
410ve4OgjkL.jpg
その理由は本書を読んでいただくとして、その大旅行を可能ならしめた交通の革命が完成しつつあったというのも見逃せない。それは航路と鉄道による交通網の構築だ。それを支えているのが石炭エネルギー。ジェイムズ・ワットの蒸気機関発明から90年たった使節団の時代、文明を支えていたのがそのエネルギー源だ。使節団はアメリカで、イギリスでドイツで産業の基盤となるその巨大なシステムを目撃する。
使節団が渡欧する2年前の1869年11月にスエズ運河開通。同じ年の夏、アメリカ大陸横断鉄道の最後の線路がユタ州で繋がり、太平洋航路と合わせて地球一周が費用さえ払えば誰でも利用できる環境になっていた。もちろん、使節団はその恩恵を直に受けながら洋行する。ちょうど、トーマスクックの世界旅行ツアーが始まり、ジュール・ベルヌが「80日間世界旅行」を出版した頃でもある。
その文明の利器もつぶさに観察。メンバーの中には開化開化と浮かれる連中を苦々しく思っていた超保守派も同行していたが、蒸気機関による交通網構築には理解を示すようになる。彼等が横浜を出港して10ヶ月後に横浜〜新橋間の鉄道が開通するのだ。
逆に、日本人は全員キリスト教徒になって西洋文明を取り込むべきだ、という持論を持っていた開化急進派も、実地の西洋文明を目の当たりにして、それが思い違いだったことに気付く。というような効果もあった。
同じ事象を見ながら何も思い至らない人間もいるのが世の常だが、この時の使節団は違った。江戸時代に薫陶された知識階級の人間である彼等、彼女らは、見てくれだけの現象には惑わされなかった。物事の本質をつかもうとしていた。いったい、西洋文明とは何なのか?日本はどうあるべきなのか?人口的には日本と変わらないイギリスやフランスのこの富貴とは何なのか?彼等は良い観察眼を持っていた。良い教師と反面教師を比較する目も持っていた。特に、詳細で正確な記録をし、公式な報告書もまとめた佐賀藩士久米邦武の観察眼がすごい。大久保利通をはじめ伊藤博文の政治家としての成長もこの旅行がきっかけであったのではないだろうか。
西洋文明をそのまま丸ごと日本に移植しようとする考えは改め、物事の本質を見極めつつ、日本にあった形で移入しようとする、換骨奪胎は日本人の真骨頂である。

明治政府の本当の狙い、各国との不平等条約改正が生半可なことでは行かないことを、彼等は身にしみて理解する。それが成し遂げられるのが、これから20年後の日清戦争直前の1894年に締結した日英通商航海条約によって(99年に施行)、ようやく治外法権撤廃にこぎ着ける。

筆者は泉三郎氏。久米邦武の岩倉使節団日記をもとに現地を探訪して著した力作である。
スポンサーサイト
category : ブログ  comment : 0  track back : 0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。