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感情論がカエル歴史

人間の感情的な行いが歴史をかえて来たことは周知の通りだ。理性的に、合理的な話し合いで事が進められて来たことは少ない。そういう事例もなくはないけど人はあまり覚えてない。
印象に残るその事例は近々ではチェコのビロード革命か。あれはチェコ国民の民度の高さを示したいい事例だと思う。
中世にまで目を向ければフリードリッヒ2世とアイユーブ朝スルタン、アル・カーミルとのエルサレムの和約か。たった10年間だが流血なしにエルサレムがキリスト教徒の管理下におかれた。この奇跡的な事業をなした二人の英傑(後者の二人)を事例に出すのもおこがましいことだが、民主党の党首をまな板に乗せてみたい。

菅直人は「脱原発宣言」をしたおり、人々の原発への恐怖心を利用して自身の延命策に出たのではないかとマスコミで批判されている。きっとそうなんだろう。ビジョンがよく伝わらなかったかし。批判されてすぐに、「あれは個人的な意見」とトーンダウンもした。日本人の言霊信仰もずいぶん軽くなったものだ。

鳩山由紀夫は沖縄から「米軍基地を撤退させる」とぶちあげて沖縄県民の感情に添う発言をした。だが現実問題としてそれが不可能だと分かったとたん、その前言を翻す。

こうして、それまで感情論をなんとかなだめながら進められ、あるいはそれらに答える方策を見いだそうと煮詰めて来られた政策をたった一言で感情論戦に落としてしまう。

これはこの民主党政権の性癖のようだ。

普通に損得、国益、国民感情を勘案してさじ加減を調整して政策として決定するのが政治家の役割であるはずなのに、まるでお昼のワイドショーのように、視聴者うけのする文言を発する。

世論に添うこと、世間が言って欲しいと思われることを率先して言うことが政治家だと思っているのではないか?

原発政策が経済界の暗黒の策謀だとマスコミで叩かれると、ブラックリストに載りたくないものだから、「そうだそうだ」、と尻馬に乗って悪役を作り、自分は正義を行う側の方にいようとする。

いったん感情論に堕してしまうと、問題の解決は相当難しくなる。もう何を言っても話を聞かなくなるし、お互いの言葉が届かなくなる。すると口をつぐむ。

それに嵩にかかって、さらに論争はエスカレートし、ますます収拾がつかなくなる。政治不信であればなおさらだ。福島の原発事故で信用失墜した東電に対しても、何を言って来ても信じられなくなる。正論を吐けばはくほどますます感情的にこじれる。

戦後の日本の産業を支えて来た東電など、各電力会社の実績も目に入らなくなっている。

東北の悲惨な状況を見ればその気持ちも分かる。が、いつまでもそうして空回りしていると日本は本当に沈没してしまう。今、船を動かす動力源が危機に瀕している時に、乗船客がいますぐ風帆船にしろ、と言ってるからと言ってそれに乗ってしまったら、それでどこへ行く?とおろおろしているようなものだ。

この二人は独善的に事を進めるつもりなのか、と思いきやそれほどの力量がないのがバレて、偽善的に振舞う。でも、それを自分では偽善とは気付いていないようだ。

人はよかれと思って結果的にはずいぶんひどいことをする。

「どんなに悪い結果になったことでも、それが始められたそもそもの動機は善意から始められた」

カエサルの言葉だが、そもそもその善意さえこの二人にはあったのだろうか。
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