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日米衝突の萌芽

またまた名著を発見。前回紹介した「朝鮮開国と日清戦争」と同じ著者、渡辺惣樹氏の手による。二年前に出版されたものだが、今まで気付かなかった。3年前に紹介した「日米衝突の根源」の続編になる。

日米衝突萌芽

大まかにはアメリカ=スペイン戦争から第一次世界大戦終結までの日米関係を、他の国々、特にドイツ、ロシア、中国の政治的駆け引き、日米離間の策をもくろむ反日プロパガンダを時系列に丁寧に解説している。知っていたことも知らなかったことも、歴史上の事柄を、新しい角度、視点からの光の当て方で、これほど立体的に記述できるとはすごい力量だ。
渡辺氏の略歴では、プロの歴史学者ではなく、独学でこれらの著述をされたようで、さらに感心する。
丁度この時期、『集団的自衛権』採決問題で騒がしい世の中だが、護憲派であろうと改憲派であろうと、日本人なら読んで欲しい一冊だ。とにかく面白い。
人種差別が厳しかった時代、反移民法やら反日プロパガンダ(今に始まったことではない)でこれでもかと痛めつけられていた日本が、こつこつと国際的信用を築き上げて行くところなんか、ほんとに涙ぐましい努力があったのだ。
ご先祖様の努力を見てみな聞いてみなってんだ。
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またまた面白い本を見つけた。タイトルは『朝鮮開国と日清戦争」
著者は渡辺惣樹氏、名著「日米衝突の根源」の著者である。

朝鮮開国

タイトル通り、19世紀末の朝鮮開国から日清戦争による朝鮮独立までの過程を詳細に追った大著だ。明治維新後の征韓論から始まって、なぜ日本が最初に朝鮮の開国に成功したのか(他のどの国も不成功)。アメリカ人やフランス人の宣教師や商人を虐殺していた朝鮮には野蛮な国だという認識が諸外国にはあったにもかかわらず。日本だけが赤子の手を引くように朝鮮独立を助ける。江華島条約は日本の砲艦外交で、武力の威嚇によって無理矢理朝鮮は開国させられた、というのがよく言われる朝鮮側の言い分である。が、事実は全く異なる。詳細はこの本を読むべし。当時、非力な日本が駐韓公使や居留民が朝鮮の暴徒に二度も襲われ、虐殺されていたにもかかわらず、武力による報復をせず、自制的に朝鮮の独立を援助していたことがよくわかる。当時、朝鮮を独立国として条約を結んでいたのは日本とアメリカだけだった。しかし、清国による事実上の属国化せいさくにより、せっかくの努力も無駄になる。朝鮮自身が自らの独立をないがしろにし、大国清にすり寄るようにして、後ろ足で泥をかけるまねをするのに、日米ともに挫折感を味わう。こうして、日清戦争に突き進む訳だが、そこまでに行くディテールを知ると、当時の日本人はよく頑張ったな、と思う。
今現在、集団的自衛権問題で国会がもめているが、当時の日本も国会運営は乱れに乱れていた。それにもかかわらず、当時の為政者は的確な判断で行動し、落としどころを模索する。そうして「下関条約」による朝鮮独立(清からの)確定、「三国干渉」の受諾による遼東半島返還へと繋がって行く。現在から見れば、同時の世界情勢で日本の国力でせいいっぱいの落としどころだったことがよくわかる。今の国会議員に爪のあかでも飲んで欲しいところだ。

朝鮮が独立し『大韓民国』建国となった時に駐韓米公使ホーレス・アレンは実は朝鮮の守旧派閔氏とのつながりが濃い人物だった。高宗のロシア領事館逃げ込み事件も彼の発案による。そのような反日的人物が、駐韓公使を解任される時に朝鮮人の友人に宛てた手紙が記録されている(1905年)↓

「(朝鮮は)日本に併合されることはもう決まったようなものだろう。そう思うと私は胸が痛む。あれだけの腐敗と愚かな行動。そしてうぬぼれ。それが今の朝鮮を生んだ。(朝鮮が)自ら招いた結果である。過去20年あまりの行動がそれを示している。(中略)朝鮮王室には責任あるルールが必要だ。(日本による併合で)庶民の生活が改善されることは疑いの余地はない。私有財産も尊重され、役人の給料も職務に応じてしっかりと支給されることになるだろう。そうであったとしても、わがアメリカが日本の朝鮮における支配的立場を容認するのは返す返すも残念だ」

それにしても、当時の蒙昧な朝鮮を知ると、現在にもつながっているような気がして暗澹たる気分になる。
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猟師の肉は腐らない

長らく留守をした。安倍政権になってから突っ込むところが少なくなったし、あまりにも悲惨な事件、紛争が続いてコメントする気力も失ってた。
それなのに久々に本の読後感を書こうと思い立ったのは、この本があまりにも面白かったからだ。
その本のタイトルが

「猟師の肉は腐らない」新潮社刊

猟師の肉

ご存知の農学博士小泉武夫先生の著作。体験談ということだが、ワシにとってはおとぎ話のような話で、ほんとにこんな人がいるの?と思うほどあっぱれな猟師と猟犬のエピソードが綴られる。
義兄んにゃ(よしあんにゃ)と呼ばれるその猟師と小泉先生の出会いは、この物語の15年前、居酒屋の店長と客との出会いからだった(もちろん小泉先生がお客さん)。
その義兄んにゃとは、店長を辞めてからも不思議な縁でむすばれる。ある時は京都で、かと思えばギリシャのエーゲ海に面した小さな漁村で飯を食ってたらばったり現れる、という具合で、信じられないような再会が続く。

数年経って、仕事に忙殺されていたある日、奥久慈上流の山に戻ってきてるらしい義兄んにゃからの便りが届く。
小泉先生は一念発起し、忙しいスケジュールの合間をぬって、その八溝山地といわれる山奥に一人で暮らす義兄んにゃのところへ向かう。その夏の5日間、数年経った冬の3日間の、合計8日間の山小屋での滞在記だ。

電気も水道も電話も通っていない。明治時代から何も変わっていないようなその小屋に、義兄んにゃと猟犬のクマが住んでいた。夜は灯油ランプの灯りのみ。囲炉裏のまわりにすわって二人は粕取り焼酎を酌み交わす。粕取り焼酎とは本来は酒粕から蒸留した立派な焼酎だということを初めて知った。肴は義っしゃんが穫ったイノシシ肉、ウサギ、イワナなどなど、牛蒡やら根菜類野菜も義っしゃんの作ったものだ。それをむしゃむしゃやりながらがぶがぶ飲む二人。その食べ物の味わいや来し方の描写が絶品で、読んでるこちらもジュワっとヨダレが出て来る。ある日は渓流釣り、ウサギ穫り、どじょうすくいなど、子供のようにはしゃぐ小泉先生。
確か現在は70歳を超えられていると思う先生だが、いつの頃の話なのか、まるで子供のように山を越え谷を渡り義兄んにゃの狩り場について行く。その時々の義兄んにゃから教わる山人の智恵、エピソードなどにいたく感動し、その精神性の深さに打たれる。日本の猟師とはこうだったのか、いや、義兄んにゃがそうだったのか?
二人の会話が福島の阿武隈弁と地元の八溝弁とのごちゃまぜで語られていて、それも微笑ましい。読んでる間ワシも福島弁がうつってしまった。
そしてなによりも猟犬のクマ。この真っ黒で、勇敢で、賢いクマがとても愛おしい。夜は自ら狩りに出て、翌朝は義っしゃんの小屋の前にウサギを並べておくような奴だ。この山の中で己の能力を最大限に発揮して生きている犬。なんて幸せな犬だろう。
合計8日間の体験は一生忘れられない思い出となったことだろう。今現在も義兄んにゃとクマが健在でいるのか是非知りたいところだ。
「義兄んにゃ〜、クマ〜、達者でやってっがい〜、ワシも遊びに行きていぞい〜」。
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シセル・シリシェブー

最近、彼女の歌声にはまっています。
グリーグの『ペールギュント」の中のアリア、『ソルヴェイグの歌」。

シセル

動画はこちら↓
ソルヴェイグの歌

おそらく80年代後半くらいに日本で録画されたものだと思う動画。
詳細はわからないが、この瞬間の彼女はソルヴェイグそのものだと思った。
もう他の歌手のソルヴェイグの歌が聞けなくなってしまった。
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コーランを読む

イスラーム学者井筒敏彦教授(故人)による『コーラン学」のセミナーを単行本化したもの。講演録だが、読みやすくてわかりやすい。

quran-yomu.jpg

井筒教授のお名前はこの本で初めて知った。日本にこれほどのイスラーム学者がいたとは恥ずかしながら知らなかった。キリスト教学といい、仏教、ヒンズー教など、世界の宗教、文明を深く研究理解し、その成果を日本語で読めるなんて素晴らしい。これだけでも日本はなんて素晴らしい国だろうと思う。

この本は、コーランに書かれている最初の章、「開扉 Fatihah」の7つの短いセンテンスからイスラムを解説するという構成になっている。普通ならさっさと読まれるだけの短い文章に、実はこれだけ深い意味が隠されている、ということをこれでもかと読み解いて行く。他の宗教、キリスト教や仏教やヒンズー教との比較もあり、ほんまに博覧強記とはこのことか、と頭が下がるばかりだ。

日本とは全く環境や文化の違うイスラム的思考を、わかりやすい言葉で説明する。ページをめくるたびに「目からウロコが落ちる」。言霊信仰は日本だけではなかった。むしろ、ユダヤ、キリスト、イスラムは言葉の宗教である。それはセム語族的な特性であることなどなど、イスラムが良く分かる名著である。

イスラムとは、とまとめてしまうのもおこがましいが、絶対他力本願の一神教であった。そういえば、他力本願的仏教は阿弥陀仏による一神教に近いな、と思いいたる。
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