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ようやくこの本を読めた。タイトルとおり、沖縄の利権構造をあぶり出す著作だ。平和と人権、反戦と護憲を唱えていれば
誰も反論できない立ち位置から自分たちの利益を導入して行く構造がよくわかる。

沖縄の不都合

その利益導入者とは誰なのか。著者は沖縄に巣食う公務員、政治家、土建屋、地元の新聞マスコミなどを弾劾する。彼等は米軍基地がらみの補助金、政府からの経済振興策としての補助金など、数百億円規模の金を引き出している。それを沖縄県全体に分配して住民の生活向上に役立てているのならまだ良い。それどころか、富を上位階級者がほぼ独占している状態なのだ。
その構造は、明治の「琉球処分」にまでさかのぼると言う。
それまでの琉球王朝は、観光イメージにあるような牧歌的な時代ではない。農民二人で士分(サムレー)一人を養って行かなければならない、世界でも例のないくらい農民にとって厳しい社会だった。ワシは、李氏朝鮮時代の両班こそ、吸血鬼の名にふさわしい者はいないというのが持論だが、農民二人で両班一人を養っていた社会と同等だ。
その厳しい琉球の人頭税が廃止されたのは1903年になってからのことだった。
明治政府は1876年に『秩禄処分」で40万人の武士(公務員)を一斉解雇したが、琉球では大きな反発に手が回らなくて、先送りしていた。それでは、日本人となった沖縄の農民は琉球時代と変わらぬままだったので、ようやく、本土から公権力(警官など)を派遣して、沖縄でも税制改革をする事が出来たのだ。では、それまでの旧勢力であるサムレー達はどこに行ったのか?それが新たな役所である沖縄県の公務員になったのだ。
知識階級であるだけにそれは適材適所の人材登用ではあるだろう。だが、彼等の伝統として、農民のことは頭にない。彼等にあるのは自己保存の本能だけなのだ。これは、李氏朝鮮の両班文化とそっくりだ。そして、慰安婦問題でもそうだが、自分たちを被害者だと言いつのって、少なからぬ利益を導入しようとする精神構造もそっくりなのだ。
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歴史認識とは何か

またまた良い本を見つけちゃった。

今年はこの手の本の当たり年だなあ。
著者は1971年生まれの(ワシから見れば)若手だが、なかなか鋭い法学部教授だ(上から目線)。平易な記述で日本の近現代史を、1899年のハーグ条約から説き起こす。

歴史認識とは何か

そう、著者はいわゆる歴史学者ではない(と言っていいのか?)。慶応義塾大の法学部教授だ。国際関係の研究をされてきて、このように歴史的な時間軸、国家間の政治経済的な研究からこのような視座が生まれたのであろう。
これほどの中身のある本が、今年の5月から書き始められて、この夏の出版に間に合ったと言うとこが信じられない。仕事のできる人とはいるものなのだな、と、後書きを読んで思った。

この本が書き始められた頃というのが、丁度マスコミで『70年談話』『安保改正条約」が連日話題になっていた頃。
5月には共産党の志位委員長が国会で安倍首相に「ポツダム宣言」の認識について問いつめるという頓珍漢な展開をしていたころだ。

この本の何が素晴らしいのか。先ず左翼的自虐歴史観、右翼的(?)自己弁護歴史観のどちらにも組せず。なぜ現代の日本でこうも自国の歴史認識が食い違うのか、という疑問点からの視座、それを分かり易い言葉で、歴史上の事実だけを例証に上げて、なぜそのような行動に移ったのかという時代背景、近衛文麿、松岡洋右などの人物分析もふまえて説明して行く。これが実に分かり易い。国会前で政府をののしる自由を満喫している若者達に是非読んで欲しい一冊だ。

いったいどこで齟齬が起きたのか、日本史を愛する者達が等しく疑問に思っている点だろう。分岐点はあった。だが、なぜ誤った選択をしたのかが問題だ。現代だからあのときああしていれば良かった、こうしていれば良かった、と傍目で将棋差しにごちゃごちゃ言うことができるが、情報伝達のスピード、文化的背景など、当時としては物理的にも文化的にも限界があったということを踏まえなければならない。もしワシがその時代その人物だったとして、はたして違う決断がなされ得たのか?そして、何よりも世界の思想潮流を読み誤らずにすむことが出来たのか?
日露戦争、第一次世界大戦と優等生なふるまいで世界から注目され、信頼を得るようになっていた日本が、戦後(第一次)国際連盟加盟から脱退までの軌跡をたどる。なぜその道を選んだの?あなた達は。そうしたこの本には書かれていない情勢もあるのだが、それは過去に紹介した本を読んでいただくとよくわかる。ワシも読んできた順番が非常に良かった。過去に読んだ本があればこそ、この「歴史認識とは何か』という本のよさが分かるというものだ。是非教科書にしたい本である。
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日米衝突の萌芽

またまた名著を発見。前回紹介した「朝鮮開国と日清戦争」と同じ著者、渡辺惣樹氏の手による。二年前に出版されたものだが、今まで気付かなかった。3年前に紹介した「日米衝突の根源」の続編になる。

日米衝突萌芽

大まかにはアメリカ=スペイン戦争から第一次世界大戦終結までの日米関係を、他の国々、特にドイツ、ロシア、中国の政治的駆け引き、日米離間の策をもくろむ反日プロパガンダを時系列に丁寧に解説している。知っていたことも知らなかったことも、歴史上の事柄を、新しい角度、視点からの光の当て方で、これほど立体的に記述できるとはすごい力量だ。
渡辺氏の略歴では、プロの歴史学者ではなく、独学でこれらの著述をされたようで、さらに感心する。
丁度この時期、『集団的自衛権』採決問題で騒がしい世の中だが、護憲派であろうと改憲派であろうと、日本人なら読んで欲しい一冊だ。とにかく面白い。
人種差別が厳しかった時代、反移民法やら反日プロパガンダ(今に始まったことではない)でこれでもかと痛めつけられていた日本が、こつこつと国際的信用を築き上げて行くところなんか、ほんとに涙ぐましい努力があったのだ。
ご先祖様の努力を見てみな聞いてみなってんだ。
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またまた面白い本を見つけた。タイトルは『朝鮮開国と日清戦争」
著者は渡辺惣樹氏、名著「日米衝突の根源」の著者である。

朝鮮開国

タイトル通り、19世紀末の朝鮮開国から日清戦争による朝鮮独立までの過程を詳細に追った大著だ。明治維新後の征韓論から始まって、なぜ日本が最初に朝鮮の開国に成功したのか(他のどの国も不成功)。アメリカ人やフランス人の宣教師や商人を虐殺していた朝鮮には野蛮な国だという認識が諸外国にはあったにもかかわらず。日本だけが赤子の手を引くように朝鮮独立を助ける。江華島条約は日本の砲艦外交で、武力の威嚇によって無理矢理朝鮮は開国させられた、というのがよく言われる朝鮮側の言い分である。が、事実は全く異なる。詳細はこの本を読むべし。当時、非力な日本が駐韓公使や居留民が朝鮮の暴徒に二度も襲われ、虐殺されていたにもかかわらず、武力による報復をせず、自制的に朝鮮の独立を援助していたことがよくわかる。当時、朝鮮を独立国として条約を結んでいたのは日本とアメリカだけだった。しかし、清国による事実上の属国化せいさくにより、せっかくの努力も無駄になる。朝鮮自身が自らの独立をないがしろにし、大国清にすり寄るようにして、後ろ足で泥をかけるまねをするのに、日米ともに挫折感を味わう。こうして、日清戦争に突き進む訳だが、そこまでに行くディテールを知ると、当時の日本人はよく頑張ったな、と思う。
今現在、集団的自衛権問題で国会がもめているが、当時の日本も国会運営は乱れに乱れていた。それにもかかわらず、当時の為政者は的確な判断で行動し、落としどころを模索する。そうして「下関条約」による朝鮮独立(清からの)確定、「三国干渉」の受諾による遼東半島返還へと繋がって行く。現在から見れば、同時の世界情勢で日本の国力でせいいっぱいの落としどころだったことがよくわかる。今の国会議員に爪のあかでも飲んで欲しいところだ。

朝鮮が独立し『大韓民国』建国となった時に駐韓米公使ホーレス・アレンは実は朝鮮の守旧派閔氏とのつながりが濃い人物だった。高宗のロシア領事館逃げ込み事件も彼の発案による。そのような反日的人物が、駐韓公使を解任される時に朝鮮人の友人に宛てた手紙が記録されている(1905年)↓

「(朝鮮は)日本に併合されることはもう決まったようなものだろう。そう思うと私は胸が痛む。あれだけの腐敗と愚かな行動。そしてうぬぼれ。それが今の朝鮮を生んだ。(朝鮮が)自ら招いた結果である。過去20年あまりの行動がそれを示している。(中略)朝鮮王室には責任あるルールが必要だ。(日本による併合で)庶民の生活が改善されることは疑いの余地はない。私有財産も尊重され、役人の給料も職務に応じてしっかりと支給されることになるだろう。そうであったとしても、わがアメリカが日本の朝鮮における支配的立場を容認するのは返す返すも残念だ」

それにしても、当時の蒙昧な朝鮮を知ると、現在にもつながっているような気がして暗澹たる気分になる。
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猟師の肉は腐らない

長らく留守をした。安倍政権になってから突っ込むところが少なくなったし、あまりにも悲惨な事件、紛争が続いてコメントする気力も失ってた。
それなのに久々に本の読後感を書こうと思い立ったのは、この本があまりにも面白かったからだ。
その本のタイトルが

「猟師の肉は腐らない」新潮社刊

猟師の肉

ご存知の農学博士小泉武夫先生の著作。体験談ということだが、ワシにとってはおとぎ話のような話で、ほんとにこんな人がいるの?と思うほどあっぱれな猟師と猟犬のエピソードが綴られる。
義兄んにゃ(よしあんにゃ)と呼ばれるその猟師と小泉先生の出会いは、この物語の15年前、居酒屋の店長と客との出会いからだった(もちろん小泉先生がお客さん)。
その義兄んにゃとは、店長を辞めてからも不思議な縁でむすばれる。ある時は京都で、かと思えばギリシャのエーゲ海に面した小さな漁村で飯を食ってたらばったり現れる、という具合で、信じられないような再会が続く。

数年経って、仕事に忙殺されていたある日、奥久慈上流の山に戻ってきてるらしい義兄んにゃからの便りが届く。
小泉先生は一念発起し、忙しいスケジュールの合間をぬって、その八溝山地といわれる山奥に一人で暮らす義兄んにゃのところへ向かう。その夏の5日間、数年経った冬の3日間の、合計8日間の山小屋での滞在記だ。

電気も水道も電話も通っていない。明治時代から何も変わっていないようなその小屋に、義兄んにゃと猟犬のクマが住んでいた。夜は灯油ランプの灯りのみ。囲炉裏のまわりにすわって二人は粕取り焼酎を酌み交わす。粕取り焼酎とは本来は酒粕から蒸留した立派な焼酎だということを初めて知った。肴は義っしゃんが穫ったイノシシ肉、ウサギ、イワナなどなど、牛蒡やら根菜類野菜も義っしゃんの作ったものだ。それをむしゃむしゃやりながらがぶがぶ飲む二人。その食べ物の味わいや来し方の描写が絶品で、読んでるこちらもジュワっとヨダレが出て来る。ある日は渓流釣り、ウサギ穫り、どじょうすくいなど、子供のようにはしゃぐ小泉先生。
確か現在は70歳を超えられていると思う先生だが、いつの頃の話なのか、まるで子供のように山を越え谷を渡り義兄んにゃの狩り場について行く。その時々の義兄んにゃから教わる山人の智恵、エピソードなどにいたく感動し、その精神性の深さに打たれる。日本の猟師とはこうだったのか、いや、義兄んにゃがそうだったのか?
二人の会話が福島の阿武隈弁と地元の八溝弁とのごちゃまぜで語られていて、それも微笑ましい。読んでる間ワシも福島弁がうつってしまった。
そしてなによりも猟犬のクマ。この真っ黒で、勇敢で、賢いクマがとても愛おしい。夜は自ら狩りに出て、翌朝は義っしゃんの小屋の前にウサギを並べておくような奴だ。この山の中で己の能力を最大限に発揮して生きている犬。なんて幸せな犬だろう。
合計8日間の体験は一生忘れられない思い出となったことだろう。今現在も義兄んにゃとクマが健在でいるのか是非知りたいところだ。
「義兄んにゃ〜、クマ〜、達者でやってっがい〜、ワシも遊びに行きていぞい〜」。
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