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戦争まで

加藤陽子先生の講義録を書籍化したものです。その講義の相手というのが28名の中高生!!!
もしこの企画のことを知っていたら、わしも高校生に化けて受講しに行ったものを。

戦争まで

わしの研究テーマである第二次世界大戦、大東亜戦争のことについて、ド・ストライクな本を書いて下さる加藤先生。
今回もわかりやすくて、意義のある講義内容でした。それにしても、日本の高校生の見識の高さよ。
講義中も鋭い受け答えをしていて、恐れ入りました。
ネット上や戦争秘史ものの本が溢れる中、これほど第1次資料に当たって、それをわかりやすく解説する力量はさすがです。歴史が多面的で重層であると再認識しました。日米開戦の日本の宣戦布告が遅れた理由も、すっかり明らかになりました。ぜひ教科書に載せていただきたいです。
つうか、ぜひこの本を教科書にしていただきたいです。
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毛沢東のもう一つの風景

毛沢東ものは世にたくさん出回っておりますね。日本では主に「文化大革命」からの視点が多いかと勝手に思い込んでいますが。
ここに紹介するのは「毛沢東日本軍と共謀した男」 遠藤誉著 です。

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タイトル通り、毛沢東はいかにして日本軍と共謀し(利用して)中国を統一したか。と言うことを「事実」をもとに明らかにしたものです。
言うまでもなく、日中戦争と言われる8年間の戦争。あるいは1931年の「満州事変」からの14年間は、蒋介石の国民党政権「中華民国」と日本との争いでした。現在の台湾政府ですね。そこに共産中国はほとんど関わっていません。なのに、日本軍と戦ったのは共産党であり、祖国を解放したのは解放軍であると言うプロパガンダがまかりとおています。
「長征」と言う、本当は逃避行でしかなかったことも、えらく盛り上げて語られていますが。軍備らしい軍備も持たなかった共産党がどうやって国民党を追い出すことができたのか。その答えがこの本に描かれています。
共産党絶体絶命の時に、なぜか日本軍がしでかしたことが国民党を追い詰め、その結果共産党が救われると言う事例が多々あるのです。
例えば「満州事変」。1931年4月、蒋介石は第3次北伐(中共掃討作戦)で30万の兵力を投じていました。あと一歩で共産党群を壊滅する、と言う9月、「満州事変」が勃発。蒋介石は共産党に対処する余裕がなくなり、その結果、壊滅寸前の共産党軍は救われます。あの時、日本軍が余計なことをしなければ、共闘軍は壊滅し、現代の隣国は中華民国の中国であったかもしれません。
歴史に「If」はないとよく言われますが、当時の日本の政治家、軍人がもっと視野を広げていてくれれば、と残念に思わずにはいられません。
と言う具合に勉強になるのがこの本です。

当時、日本軍と通じた共産党のスパイは、戦後毛沢東により粛清されます。
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ロレンスがいたアラビア

『アラビアのロレンス』と言えば、デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演の映画で有名なあれだ。イギリス映画にしては雄大な映画だった覚えがある。

ロレンス

その主人公であるT・E・ロレンスの目線を通して、アメリカ人ジャーナリスト、スコット・アンダーソンが第一次世界大戦の中近東を舞台に国際情勢を描ききった作品だ。
第一次世界大戦史は色々な作品で研究したが、アラビアを舞台にしたものは良い作品がなく、どれも分かりにくかったので、片手落ちだな、と思っていた時に出会いました。
その、分かりにくい状況を、分かり易く、見事に活写してくれた。
今に続く中近東のこんがらがった不和、それどころか、憎しみの連鎖はどこから来たのか。日本人にはいまいち分からない世界が、実に良く見えるようになった。そうだったのか〜。と感心しきり。
主人公であるT・E・ロレンスの人物造形も興味深いが、当時のプレイヤー達の人物描写も面白い。
よく悪し様にい合われる「サイクス=ピコ条約」のマーク・サイクスとはどのような人物だったのか、とか。ロレンスのカウンター・パートナーであったファイサル王子とはどのような人物だったのか、とか・・・。

今では信じられないが、第一次世界大戦が終結する頃、パレスチナやシリアの委任統治を英仏ではなく(とても信用できなかったから)、アメリカに任せたいと、ユダヤ人にもパレスチナ人にもアラブ人も熱望している人々がいたという。
しかし、実際にそうなることはなかった。ウッドロー・ウィルソンの「14ヶ条の平和原則」で描かれている「民族の自決」などというものは英仏に鼻も引っかけられなかったし、中東に無知で素人のアメリカ人が来ても、混乱を招くだけだろうとアメリカ自身の(野党の)判断もあったからだ。

歴史にもしはないと言うが、もしあの時、とつい思ってしまう。T・E・ロレンスが目指していたようにアラブの独立国が出来ていて、ファイサル王子とシオニストのハイム・ワイツマンの協定が生きて、ユダヤ人のパレスチナ入植が穏健なものであったら、現在はどうなっていただろう。と、つい想像してしまう。

人類はいつも正しい選択をしていた訳ではないが、なんとか現代まで生き延びて来られたのは、何とかしたいと思っていたからだろう。そんなことを考えさせられる作品だった。
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反知性主義とは

『反知性主義』という言葉をよく聞くようになったのは1年ほど前か。「安全保障関連法案」をめぐって、シールズとかいう団体がマスコミにもてはやされていた頃だ。

反知性主義

彼等のシュプレヒコールやマスコミの扱われ方を目にしていると、耳に入ってきた「反知性主義」とは知性がなさそうな彼等のことだとばかり思っていたのだが、そうではなくて、当時は彼等が安倍首相のことを『反知性」だといってのけていた。
いったいどういう文脈かいな、ということで今頃読んだのがこの本だ。いやあ、面白かった。最初の1ページ目から面白かった。『反知性主義』というキーワードからアメリカ史を解説しているのだが、戦争史や政治史だけを読んでいても、いまいちアメリカのキャラクターを、そういうもんか、と思いつつ理解していたつもりだったが、片手落ちだった。キリスト教という視点からも見ておくべきだったのだ。
もちろん、アメリカが基本的にはキリスト教社会だということは知っている。だが、アメリカのそれはアメリカン・クリスチャンだったということを理解しなければ見えて来なかったのだ。アメリカに土着化したキリスト教、それはいったいなんだったのか。

まず、ロナルド・レーガン元大統領の葬儀のシーンから始まる。そこで読まれたピューリタン指導者ジョン・ウィンスロップの説教が故レーガンの遺志によって読み上げられる。ワシはレーガンとピューリタンはイメージが重ならないのだが、じつはその説教は故レーガンの座右の銘だったのだ。
アメリカ独立宣言の中の有名な一説、「全ての人間は平等である All men were created equal」(対象者はmenなの?とつっこむ)が盛り込まれた背景が説明される。
合衆国憲法は史上初の政教分離を謳った成文憲法だが、その1年前にヴァージニア州で『信教自由法」が成立している。それは、信教の自由だけではなくて、『無宗教」である自由も保障されている。それはいったいなぜか?
という具合にアメリカ史を解説しているのだが、これらはアメリカ史を勉強している人々には常識なことなの?ワシは知らなかったのだが。
国会前で現首相を罵っていた若者達や、その尻馬に乗ったような政治家達、知識人(???)たち、彼等は知ってたの?『反知性主義』ってどこから来たのか?

アメリカは建国前の植民地開拓時代から信仰復興運動、リバイバル運動が何度も起きていた。まるで熱病のように流行がおき、近代に至ってそれは興行化される。現代アメリカでよく目にする『テレビ伝道」もその流れだ。その宗教伝道をする説教師には牧師という資格さえ要らない。ハーバート大やプリンストン大を出ていなくても良いのだ→知識なんか(資格)なんか要らない→神の前にヒトは平等なのだから。という強烈な平等意識から『反知性主義」という思想が生まれた。時代が下り、その反知性主義と実利思考のビジネス精神が結びついたのがアメリカン・クリスチャンだったのだ。

最後に著者が締めくくる。知性とは何か?最近の政治家や若者達に知性が見られないとか、本を読まなくなったとか、知性が欠如している状態ではなく、知性の「ふりかえり」が欠如しているのだ、と。知性が知らぬ間に越権行為をしていないか、自分の権威を不当に拡大解釈していないか。そのことを敏感にチェックするのが『反知性主義」である。そもそも、知性にはこのような自己反省力が伴っているはずであるから、そうでない知性は知性ではなく、やはり知性が欠如しているのだ、ということも出来る。したがって、反知性主義とは、知性の有る無しというより、その働き方を問うものである。
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ドイツの脱原発がよくわかった

約1年前に書かれた本なので最新刊ではないのだが、遅ればせながら読ませていただいた。筆者の川口マーン恵美氏はドイツのシュツットガルト在住の作家であることもこの本で知った。驚いたことに、筆者はピアノ学科ご出身の芸術畑の方だった。日独の原発のことをかくも詳しく調べ上げ、電力史のことまで調査されているから、きっとリケジョなのだろうと漠然と思っていたので意外であった。

ドイツ脱原発

結論から言うと、とてもよく出来た本である。物理の素人である作者が、同じく素人であろう読者に対して、分かり易く書かれたと思うが、その表現力は並大抵の努力ではなかったと思う。その情熱を支えたのは、作者が言うように、「日本はドイツの脱原発モデルを真似ては行けない」、という思いだ。なぜそうなのか、ということを、両国がおかれたエネルギー事情、国民性、などを披瀝しながらルル述べている。
作者は現場にも行く。福島第1原発はもちろん。日本史上最大の震度6を記録し、13mの津波にも耐え、ガラス1枚割れなかった女川原発。対津波工事の真っ最中だった浜岡原発にも行かれている。何よりも頭が下がるのは、日本の電力史にも光を当て、日本で最初の長距離送電に成功した山梨県の駒橋水力発電所に行かれて取材されていることだ。
この水力発電所のことはワシも初耳であった。日本人が明治以来、国家国民のために営々と努力してきた電力マンの歴史文化があればこそ、3.11大震災の停電のあと、たった数日で電力を復旧させたことに繋がったのだ。
その先人達の努力のおかげで良質な電力を好き放題に使い続けてきた都会人が、電力会社を悪し様に罵っている。それも、政府の頂点に立つ者がだ。
当時の首相菅直人は東京工業大学理学部応用物理学科出身者だ。その専門知識があるはずの者が、ピアノ学科出身の作者の足下にも及ばない、知性も洞察力も持ち合わせないというのはいったいどういうことだろうか?
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