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とってもハンサム

ぐふふ、ぐふふ、遭いました。カエルさんと。
場所は日光中禅寺湖畔の森の中。いやあ、イケメンのカエルさんでした。ワシの自画像にしても良いな。

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あと、こんなのも見つけたよ。
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場所は違うけど、モリアオガルの卵。こんな感じで木にたくさんぶら下がっていた。
きっと今頃はふ化して・・・・。
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日本人必読の書

なんか最近、「こりゃ日本人必読の書だな」と感じる本に出会う。ありがたいことだ。
去年は『未完のファシズム」 片山杜秀 新潮社刊 と巡り会ったが、今年はこの本

「日本永久占領」 片岡鉄哉 講談社プラスα
サブタイトルに、「日米関係、隠された真実」とある。
    ↓
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これは文庫本になった時のタイトルで、1992年の初版本のタイトルは
「さらば吉田茂」 文藝春秋刊 。こちらのサブタイトルは「虚構亡き戦後政治史」。
    ↓
さらば吉田茂

ワシが読んだのがこの初版本の「さらば吉田茂」のほうだ。タイトルとしてはどちらも内容を表しているといえるだろう。
ワシが歴史を勉強していて、なかなか見えて来なかった風景が第2次世界大戦前後の日本近現代史だ。なぜだろう?と思いながらいろんな本を渉猟していたのだが、それで見えて来たのが、日本近現代史には顕教と密教があるということだ。
これは日本人独特の性向なのかもしれないが、外から見えやすい『顕教」としての文言と、事情のわからないものにはわからないが、事情が分かるものには意味が分かる、という、ある種『密教」のような口伝、受戒、申し送り、の文化があるように思う。
『顕教』だけを勉強したものにとっては、『大本営発表(GHQ発表)」の文脈しかわからないし、『密教」まで掘り下げて知るものには「いや、実はそういうことじゃないんだけど・・・でも説明しづらい」。という態度になってしまう。
そういう事柄を、外国人にまで説明しようとするとほんとに大変な作業になる。

そういう困難さを感じていた昨今、出会ったのがこの本という訳だ。

『未完のファシズム」が戦争に至る道程を明らかにした名著であるのにたいして、この本は、戦後日本の歩みを分析解明している。
占領下の日本がどのようにしてGHQの大勢をしめていた社会主義的グループであるニューディーラーズと渡り合ったか、憲法がどのような文脈で出て来たか、ということが描かれている。数年前に出版された「ザ・コールデスト・ウィンター」 デイヴィッド・ハルバースタムのマッカーサー伝と合わせと読むといいだろう。この本はワシのマッカーサー観を変えてくれた本だ。

マッカーサーが罷免されて日本を去る時、日本人は羽田までの沿道を埋め尽くし、旗を振って見送ったと言う。それは、天皇制の護持、軍事政権からの開放、土地の開放、財閥解体という文脈からの感謝の念からだった。この印象が、ずっと日本史となっていた。ワシもその通りに思っていた。だが、今やマッカーサーに対する評価は天皇の命を守ってくれた、という一点だけになってしまった。それだけで退場してくれたらもっと良かったのにー。しかもそれは、マッカーサー憲法とのバーター取引だったということがこの本でわかったのだ。

現在に続く自民党、社会党(社民党)、共産党の立ち位置、政治テーゼもこの時のGHQ占領政策が深く関わっていた。吉田茂と鳩山一郎という保守同士の確執にキャスティング・ヴォートとしての社会党の伸張。この文脈を知らずに「顕教」だけで憲法改正論を論じると危ういことになるぞと。
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反日キャンペーンの先にあるもの

最近のかまびすかしい反日報道合戦にはうんざりさせられる人も多かろう。井戸の中のカエルも黙っていられなくような悪どさだ。そう思っていたところ、ネット上には良い動画があることを発見。

動画はこちら → 従軍慰安婦の真実

よくまとまっているので世間に周知したい。機械音的な日本語ナレーションが気になるが、英語字幕付きなので海外の人にも伝わってくれるだろう。作者は日系アメリカ人歴史家のようだ。

それと、もう一つ。日本人必読の書↓

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非常に緻密に資料にあたられているので、これが英訳されて海外で出版されるのが望ましい。もちろん、韓国語版の出版も望むところだが、韓国では発禁になるだろう。

動画ならこちら→ 竹島は日韓どちらのものか

この反日キャンペーンの行き着くところはいったいどこだろう。10年前の韓流ブームで劇的に韓国イメージが良くなっていた日本が、嫌韓ブームさえ起こりそうになっている。幸い、日本滞在中の韓国人旅行者に不当な行為がなされていないのが、日本の良識を証明していてなによりなのだが。このままでは、双方にとって何の益もない不毛な事態に陥ってしまうのではないか?そうなった時にほくそ笑むのはいったい誰か?

もとより、日韓はアメリカを中核とした同盟関係にある。沖縄の基地も防共を意識した軍事戦略よるものだ。それが、同盟国であるはずの日本に、事実無根である竹島と従軍慰安婦問題で絡み付いて来る。はたして、半島有事の際、日本軍は同盟国を助けに半島に渡ることが出来るであろうか。頼んでもいないのに来るなと言われるのであろうか?

この反日キャンペーンが日韓離間の策だとしたら、まんまとその罠にはまりつつあるのではないか?誰が焚き付けたにしろ、このままの流れに乗るべきではない。それに、事実ではないことで相手を誹謗中傷するのは、結局自分に帰って来るつばのようなものだ。自分たちが歴史をねつ造している、とわかった時、韓国人はどのような反応をするのだろう。自分たちの嘘に縛られて嘘をつき続けるのだろうか?
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気になる男

歴史上の男たちで、気になる男3人を選べと言われたら、即座にユリウス・カエサル、織田信長、そしてこのフリードリッヒ2世と答えるだろう。

このお正月に読んだ本が、塩野七生の『皇帝フリードリッヒ2世の生涯」上下巻だ。

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フリードリヒ2世については、なかなか良い本に出会えなかった。2011年にエルンスト・カントロービッチの『皇帝フリードリヒ2世」の日本語翻訳版が、中央公論新社からようやく発売されたので読んだのだが、オリジナルが1931年に出版されたものだったし、資料としても、20世紀初頭の男が書いた視点としても、ワシには物足りなかった。キリスト教徒的な発想があったのも気になったし。歴史の大家にたいして偉そうな物言いだが。

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カントロービッチの本には、フリードリッヒが何をしたかということは事細かに描かれていたが、フリードリヒがどのような環境であの不屈の精神を得る事が出来たか、何を考えていたのか、という一番知りたかったことが見えて来なかったので、残念な思いを持っていた。それで、塩野七生版には大いに期待した。なにしろ『ローマ人の物語』シリーズでユリウス・カエサルにあれほど肉薄した作家だからだ。
塩野七生の次回作はきっとレオナルド・ダ・ヴィンチだろうと勝手に想像していたので、フリードリッヒ2世の本が出ると知った時は驚きとともに期待に胸が膨らんだ。そして、期待以上の内容だった。

簡単にフリードリヒ2世のことを説明するのは難しい。中世の時代に画期的な事績を積み上げた男なのだが、彼の業績はもっともっと世に知らしめるべきであると思っていたので、日本語で大著が出たのは実に嬉しい。
 敢えて簡単に事績を述べる。十字軍真っ最中の時代に、神聖ローマ皇帝、シチリア王国の王として地中海世界に君臨していた彼の代表的な業績は、一滴の血も流すことなく(キリスト教徒、イスラム教徒を含む)10年間の協定とはいえ、エルサレムをキリスト教徒の手に回復したことだ。
21世紀の今ならそれを聞いただけで、パレスチナの和平モデルになるではないか!と最大の評価をするであろう。ところが、その時代、彼はそのように評価はされなかったのだ。時のローマ法王グレゴリウス9世からインノケンティウス4世にいたるまでに計3回も破門を受けている。しかも、エルサレム和平協定の直後には『キリストの敵」とまで断罪されたのだ。それからのローマ法王庁との戦いは熾烈を極めるのだが、フリードリヒは法王の存在自体まで否定しようとしたのではなかった。あくまでも、宗教世界は法王が、俗界のことは皇帝に任せろ(神のものは神に。カエサルのものはカエサルに)というイエスの言葉もあるではないか、と言うのがスタンスであった。
世界初の国立大学であるナポリ大学を作ったのも彼だ。奨学金制度まで用意してあった。

そのような自由精神を持つに至ったのはなぜだったのか、ということが描かれている良い本であった。ルネッサンス時代を先取りすること200年、ルネッサンス的精神を初めて持った君主の登場である。


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靖国参拝

いやあ驚いた。無事にクリスマスも過ぎて、波風なく2013年も暮れるのか、と思っていた矢先にもう一波乱。
わしにとっては衝撃ニュースだった。

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テレビの中継に釘付けになってしまった。
空撮による黒塗り車列の実況中継。九段界隈の鳥瞰図とはこんな感じか、中国、韓国からの非難合戦がまた一段とひどくなりそうだな、などと連想しつつ中継に見入る。

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現職首相としては7年4ヶ月ぶりの靖国参拝だそうだ。しかし、なぜに、靖国神社参拝という行為が『わしにとって衝撃のニュース」になるのだ?と自問してみる。

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この国の礎になった英霊達の鎮魂をするということは、ごく自然のことであり、他国から掣肘されるいわれはない。近年ぎくしゃくとしているが、経済的には深い結びつきを持つ互恵国であるはずなのに、日本はかの国からひたすら非難を受ける。

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その2国に共通するのは朱子学の土壌があるということだ。前にも書いたかもしれないが、朱子学というのは簡単に言えば、「誰が正当(正義)か」ということを追求する思想だ。
つまり、「俺様が言うことが正義なのだから、お前は間違っている」ということを言うだけの思想で、そこに科学はない。科学というのは『疑問を持つこと』『問いかけ』であり、経験値を観測し分析することだ。
だから、朱子学的発想で会話する限り、日本人の文化的、伝統的な行動をいくら説明しても、理解はされない。

日本人は朱子学的伝統も持ってるから、彼等の発する批判も理解できないではない。なまじ言うことが分かるものだから、つい頭も下げてしまう。だからどこかの新聞が騒ぎ立てる前はごく普通に行われていたことが、国際的問題にまで発展し、「参拝遠慮」という状態にまでなってしまっていた。

それを良しとしなかった、というのが安倍首相だろう。さてさて、事態は違う段階へ移行する。首相の覚悟と、これからの日本人の覚悟が問われる2014年になりそうだ。
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